ラオスが発するダイナミズム【PJニュース】

開発途上国にある特有のダイナミズムをラオスで感じた。

4年ぶりのビエンチャン。
日本を発つ前、「ラオスは何も変わってないであろう」という当てのない憶測は裏切られ、
ラオス人の目に映る我々外国人への心象は変わり、また、開発途上にある国特有のダイナミズムをひしひしと感じた。
ラオスに限らず、東南アジアへ大量の資金の投入と、物の豊かさを追い求めた見返りと引き換えに、
得たもの、失ったものの変化は、決して埋もれることもなく日々の営みの中で芽を出してくる。

外国資本がビエンチャンに多く投じられ、街全体の雰囲気も少しずつだが欧米化してきてる印象を受けた。
また「アジア最後の秘境」と言われるラオスへ、多くの外国人観光客が押し寄せ、
彼らの文化、習慣といったスタイルを彼らの存在のみで表し、
今日まで大切に守られ、触れられる事の無かったラオスの価値観を刺激し始めてる。
そういった事が、良きも悪しきも、外国人を見るその眼差しを、徐々にではあるが変えていったのかもしれない。
「外国人慣れ」という言葉で片付けられてしまうかもしれないが、
その眼差しに、「温かさ、優しさ」が消えた事を感じずにいられない。

だが太い影を落とし、その輝きを精一杯に押さえ込み赤く染まり、沈んでいく陽の輝きは変わってはいなかった。
夕暮れ時、陽の落ちる先を目指し、その美しさを追い求め、必死に自転車のペダルをこぐ足の速度だけが雄弁にメコンへの思いを表していた。
ただこの美しい夕陽、メコンがあればいい、それだけで良いと。
支援の現場に携わる自分とは違う、もう一人の自分が耳元で囁いていた。
反面、大切な部分だけを残した開発支援をする活動こそ、我々がここラオスでできる国際協力であると確信した。

本年11月、クラスター爆弾禁止条約、発効後の第1回、オスロ条約締結国会議がラオスで開催される事に伴い、
国際社会の目がラオスに向けられるであろうそれを、ラオス国民自身はどう受け止め、アピールしていくのか、
それがどういった「内外を問わない変化」へ繋がっていくかも、興味深く見守ってゆきたい。

途上国からのメッセージ【PJニュース】

途上国であるラオスが我々に教えてくれる事は沢山ある。それをどう感じ、どう捉えていくかだ。

市内から一歩足を伸ばせば、豊かな田園、水田地帯が広がり、放牧された牛、アスファルトに覆われない赤土を見ることが出来る。
だがその反面、近年、ここラオスでも主要な幹線道路では車両の数が増加し、それに比例し、交通事故も多く発生してきている。
交通ルールを守り、安全運転に心掛けるといった習慣はまだみられないように感じる。
規則を守るといった習慣が確立されていないからであろう。
ラオスでは自己責任という概念があるかどうか分からないが、まずは、自身の判断によって考え、行動できる感がある。
その反面、危険はすぐ後ろに差し迫ってきてはいる。交通事情一つを上げてみても、それは如実に表れている。

私たち日本人は、知らず知らずのうちに、規則に従い、何か窮屈さを感じずにいられないがまずは、安全といわれる規定ラインの確保は保てる状態ではある。

何か見えない価値観にがんじがらめに縛られ、拘束され、
それと引き換えに身の安全を手に入れる事を「豊かさの一つ」というならそれを受け入れるべきなのであろうが、
何故か失ったものの大きさに、思いをはせてしまう。それが一時の気の愁い、未練となるのか、
それとも思唯していくものなのかは、ここラオスが、ラオス人がその「答え」を導き出してくれるであると信じてる。

その国が持つ様々な習慣、文化を自国のそれとリンクしてみると、私たち日本人が得たもの、失ったものを、形として明確に眼前へと差し出してくれる。
今こそ、それをどう受け止め、どう後世へとつなげてゆけるのかを、しっかりと考え、見つめ直す時期にきているのかもしれない。

ラオスで見た夕陽

メコン河(中国の雲南省からミャンマー、ラオス、タイの国境を流れカンボジア、ベトナム、南シナ海へ抜けていく全長約4500キロの国際河川)の彼方に ゆっくりと沈む夕陽を眺めてると人は何を嘆き、怒り、泣き、悲しむのかと人生における哀愁の側面を考えてしまう。それはラオス特有のスローな時の流れがそ う思わせるのかもしれない。
白く透けるような太陽が少しずつ時間をかけ黄色く染まり、次第に濃いオレンジへ変わりメコン河に1本の太い影を落と し、その輝きを精一杯押さえ込むようにしながら赤く染まり沈んでいく。沈んだ太陽の輝きは空と河を真っ赤に染め、様々な自然の景観を与えながら街路灯の眩 しい光をも優しく包み込む。
時間にして約1時間。その間、車や人が動きはじめ五感を刺激する。この自然がもたらす時の流れと彼らの生活リズムを肌で感じた瞬間、人は自然に活かされ、人に助けられ、地球上の生物であることに気づく。今でもその姿は目を閉じると瞼の奥でゆっくりと沈んでいく。

 この国を訪れる誰もが感動を覚え、帰国した後も思いをめぐらすその魅力とは何であろう?日本で見る姿と変わらない空と太陽だけは唯一祖国を思い起こす橋渡しをしてくれる。だが、ゆっくりとメコン河に落ちてゆく夕陽はここでしか見る事が出来ない。
メ コンはただ、河である。だが目の前を流れる河には多くのアジアの生きる魂が流れ、水の流れという形でその魂を旅人へ表現し訴えかけてくる。旅人はそれを受 け入れ、感じようとする。その瞬間メコンと夕陽は深い暗闇で固まったままの感受性をときほぐし、生きる緊張や息苦しさから開放してくれる。

 これからもメコンが秘める神秘の力を見てゆきたい

メキシコ・ティファナの一風景

ロサンゼルスから車を走らせること約3時間、メキシコの国境(メキシコ最北端の都市、ティファナ)を超える前にアメリカ側に車を停め、徒歩で国境を渡っ た。72時間以内の滞在ならばアメリカからメキシコへの入国はノーチェックでパスポート、手荷物を見せる必要もビザを申請することもなく回転ドアを通過す るだけで入国することができる。
 反対にメキシコからアメリカへの入国には厳重なチェックがなされ、その対応の違いには驚かされる。一歩メキシコ へ足を踏み入れるとそこは埃とさまざまな音が入り交じった喧騒、陽気で親しげなメキシカンが私の存在を歓迎してくれ、まだ見ぬ未知の世界の入り口で期待と 不安の行き場を探す感情がそっと私の背中を押してくるのを感じた。体の奥底からアドレナリンが湧き上がってくるこの感覚が、唯一私が生きてる事を提示して くれるようになっている。

 多くの日本人をここでは見る事ができる。日帰り旅行としてアメリカからの旅行者は多い。そして、ここティファナは観光地として発展し、土産屋の 店員も日本人の扱いにはなれており片言の日本語で話しかけてきては店への呼び込みに精を出している。英語でもスペイン語でなく、日本語が飛び交う街とでも 言おうか。
 そして一歩国境を越えるだけでアメリカとメキシコの経済の違いを感じることができる。まず、メキシコからわずか20数キロしか離れていないアメリカの都市、サンディエゴでさえ、路上で子どもが物を売るとか親の家計を助けるために働くといった姿を見る事などまずない。
  だがここメキシコでは子どもたちが必死にツーリスト相手に物を売り、お金を稼ごうとする。世界一恵まれた国で住む子どもと、まだ発展途上にあるメキシコに 生まれ育った子ども。ただ一歩「国境」という人間が決めた「国と国との境界線」を越えただけですべての生きる環境が変わってしまうこの世の現実を目の前に 提示された瞬間、どう扱う事もできない苛立ちの行き場を探す私がいた。

 決して裕福でない国メキシコ。だが、決して貧しくもない国メキシコ。多くのメキシカンが不法にアメリカに滞在している。それをアメリカ政府は見 て見ぬフリをしさらには彼らはアメリカ国民になることを望み、その一方でアメリカ政府もそれを咎めようともしない。そうしたいメキシカンをアメリカ市民に する制度すら存在している。日本で育った私にとってこの両者の感覚を理解するに多くの時間を要したが、なぜか両者の関係を深く知れば知るほど興味が注がれ ていった。

 到底、日本人の私には理解できかねるこの関係をティファナで見る事ができるはずだとそんな図々しさを隠しながらただ傍観する自分がアメリカの影響を否応無しに受けなければならない日本語が飛び交う街、メキシコ、ティファナで立ち尽くしていた

開発援助、地域から社会・世界をキーワードとした活動を展開