ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日

著/青木冨貴子 文春文庫

著者が集めた証言をもとに沢田教一の半生が克明に記述された著書。断片的であったろう証言、記録がこの一冊に集約され沢田教一の人物像を鮮明に読む者へ思い浮かべさせてくれる。

ベトナムからカンボジアへ戦火が広がるなか、戦場カメラマンとし安住の地を求めることなく
ただ野心的に挑戦し続けた彼の足跡をしっかりと魂に刻むことが出来る。

34歳の若さで戦場に散った沢田教一の姿を自身と照らし合わせる事にいくばくかの躊躇もあるが指針とするに足りる生き様を、この著書から求めずにはいられない。

開発フィールドワーカー

著/野田直人 築地書館

社会林業、参加型開発を専門。
1997から日本最大の「国際協力・地域開発メーリングリスト」を主宰。
開発援助に関心を持つもの、実務者両者にとって意義ある内容。

内的要因と外的要因の複雑に絡み合った開発協力の問題や課題を回答を示すでなくヒントを与え、自ら答えを導き出すきっかけを与えてくれる。
それは開発ワーカーとして外部者の視点と援助を受ける側の当事者の視点を青年海外協力隊員、国際協力事業団派遣専門家としての豊富な経験からによるものであり参加型開発の専門家ゆえのことかもしれない。

個人的には内的要因に目を向けさせる手法に導かれ、開発ワーカープロジェクトたるものに参画していく感がした。

沖縄戦と住民―記録写真集

1945年3月から終戦までの米軍による沖縄本島上陸を記録した写真集。
発行後1年間で約10万部が売れたという。
戦争を過去の歴史として捉えることすらできなくなった平和ボケした我々に半端でいい加減な戦争認識を根底から覆えしてくれるような目を覆いたくなる惨状を克明に記録した写真。
戦争の恐怖と平和の尊さを訴えかけてきます。
日本最後の戦いである沖縄戦を現在の普天間基地移設問題とともに考えたい。

アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ

モフマン・マフマルバフ(発行所:現代企画室)
著者、マフマルバフはこう書いている。
「ついに私は、仏像は、誰が破壊したのでもないという結論に達した。
仏像は、恥辱のため崩れ落ちたのだ。アフガニスタンの虐げられた
人々に対し世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ。」(P27)


結果的には偶像崇拝を禁止したタリバンによってバーミヤンの仏像は破壊された。
マフマルバフは、仏像は自ら崩れ落ちたと言う。
もし、そこに我々に対するスピリチャル的なメッセージが隠れているとしたらそれもあるかもしれない。
そして、自ら崩れ落ちる事で忘れ去られたアフガニスタンに世界の目を向ける思惑があったとも。
現実、世界中の人々に巨大なインパクトを与え、注目を浴びた事は確かなのだから。
この時初めて、アフガニスタンにおける内戦、難民、飢餓、旱魃、高い死亡率等を多くの者が知った。
そして、9.11アメリカ同時多発テロによって一気にその関心はアフガンに集まった事は紛れも無い事実でもあった。
仮に、仏像にそういった思惑があっての事であったとしたら、それは完全な形で成し遂げた事になるのだろう。
だが、それを憎きタリバンの手を煩わす事によっての事であると、この仏像が思い抱いていたとしたらその悲哀は幾許のものであったであったろうか。
この悲しみを知り得る機会が仮にあったとしたら、この「無念さ」に耐えうる者などこの世に存在しないとさえ思えてしまう。
だがそれは私の薄っぺらで、浅はかな、思慮に欠けた考えかもしれない。
もしや、この仏像に与えられた使命で、アフガニスタンを平和へと導く架け橋になり、仏意に沿った人間の私利私欲から遠く離れた仏の世界での組み込まれた現象であったかもしれない。
それがどちらなのかは、今後のアフガニスタンを世界が見放さなければ自ずと答えが導かれていくと信じたい。

映画監督でもある、マフマルバフはアフガニスタンを舞台にした「カンダハール」(2002年、日本公開)
「サイクリスト」製作の為、アフガニスタンに何度も足を運び、直面してる喫緊な問題を考えてきた。
文化人の彼の目に映ったアフガニスタンは、これまでの専門家、研究者が見てきた批評とは違った角度での見解であった。
打ちひしがれる者の立場に立った彼の思想、行動はこの本を読む誰もが感銘を受ける筈であると私は確信している。
彼は、アフガニスタンの隣国に位置するイラン出身である。
イランから独立したアフガニスタンではあるが、これまで約250万人のアフガン難民を受け入れてきた事からも伺えるよう、決して無視し得る存在ではない。そしてこれからも。

私はこの本を読んで考える。
日本人にとってのアフガニスタンを。
5分に1人の割合で死亡し、毎分1人の割合で難民となって国外で出てゆく。
そして1日7人が地雷を踏んでいるアフガニスタンを。

いや、私にとってのアフガニスタンを。
ただただ切望してやまない。